「ホントのトコロ」は毒舌にも似てそこに Vol.7「知識よりも知恵」


採用活動では語られない、

人事担当のホンネを連載

していきます。

 

タイトルにもある通り、

ホントのところを率直に

語ることが毒舌に近くなる

ことも覚悟してやっていきます。

 

第7回の「毒舌≒ホント」のテーマは

「知識よりも知恵」

です。

 

学歴問題、面倒くさい

 

私は高学歴の持ち主だ。大阪府内の

進学校からストレートで、つまり

浪人はせずに大阪大学法学部に

合格した「受験エリート」である。

 

しかし、それがピークだった。

結果的に大学には5年通うことに

なった。就職浪人をしても正社員の

職には就くことはできず、専門学校に

通うことにまでなった。

 

卒業してなんとか正社員の職に

ありつくことはできたものの、

その時点で同期よりも3年

遅れて社会に出るというハンデを

背負うことになった。

 

つまり、お勉強はできたが、

それを使って社会に出て働く

ことについては、落ちこぼれて

しまったわけである。

 

私はまだ良いほうなのかもしれない。

2000年前後数年間の就職氷河期に

ぶち当たった世代は、非正規雇用に

就くより仕方がなかった人も多く、

引きこもりやニートのままで今日

まで過ごしている人も多い。

 

私は、高学歴を持っていてもその

恩恵をほとんど受けることが

できなかったので、学歴によって

人生が決まってしまうということ

には懐疑的である。

 

しかし、一方で、採用の現場に長く

いると「やっぱり高学歴である

ということは、そうでない人とは

モノが違うな」という印象を強く

持つに至っている。

 

こういうことを言うと、必ずと

いっていいほど反発する人がいる。

その多くは低学歴の人たちで、

コンプレックスからくる発言で

あることが多い。

 

だから、採用関係の仕事をしていて

学歴の話をするのは面倒だし誤解

されることも多いが、あえて言おう。

 

高学歴者は知識を持っている分、

それをうまく活用することに

よって、困難を乗り切るための

「知恵」を持てる可能性も高い、

ということ。

 

そして、知識獲得のために、

ある程度の困難と継続に耐える

だけの力があり、それを証明する

モノのとして高学歴というものが

存在するのだ、ということを。

 

だから、どうせ採用するのなら、

高学歴者にしたほうが無難である

ことに疑問の余地はない。

 

磨かないと錆びる

 

もちろん、学歴は過去のある

時点のことに過ぎない。

今のことを保証しない。

 

加えて、学歴は知識偏重の判定が

されるシステムになっているので、

それだけでは何の役にも立たない。

 

適切な時と場合に、必要な知識を

使うことができなければならない。

もし必要であれば、新しい知識の

獲得に乗り出すことも必要だ。

 

このような「対応力」について、

高い適性を持っている可能性が

あるのが高学歴だということ。

 

使わなければ錆びる。

機械と同じで、読書等をして

メンテナンスをしていない

ようならお話しにならない

ことは言うまでもない。