人材採用の「結論の出ない」テーマ Vol.1「学歴はウソをつかないか?」


人材採用は困難な仕事です。

これといった正解もなく

悩みと矛盾を抱えた仕事です。

 

しかし、立ち止まるわけには

いきません。

 

この連載では、難しい問題、

答えがない問題にあえて挑み、

明日の人材採用のために活かせる

「なにか」を提供することを

目指します。

 

第1回の「テーマ」は

「学歴はウソをつかないか?」

です。

 

過去の栄光?

 

持てる者と持たざる者。

その間にある溝が埋まらない。

その種の問題としてまず思い

浮かぶのが「学歴」論争では

ないでしょうか?

 

学歴がない人は次のように

言うのではないでしょうか?

 

「所詮は、過去の、10代の若い時期に

たまたま、現在の受験制度において

課される「勉強」ができただけ。

 

過去の栄光に過ぎない。

それで判断されるのはおかしい。

 

答えが1つ、必ず存在する問題に

答えるのがうまかったからと

いって、それが何の役に立つ?

 

答えが複数あるか、そもそも

答えがあるかどうかもわからない

問題に取り組まなければならない。

それが社会人としての能力だ」

 

一方、学歴がある人はこの意見に

どう返すでしょうか?

 

私は、大阪大学を卒業しています。

なので「学歴がある」人間の一人

として言わせてもらえるなら、

この意見には「もっともだ」と

賛同します。

 

しかし、学歴がある人のほうが

「答えが複数ある問題」

「答えがないかもしれない問題」

を解決できるかもしれない能力も

高いように思う、というのも

私の意見です。

 

その種の問題には「根気強く」

「一定期間」「折れることなく」

挑み続けることが必要です。

それは訓練することで身に着ける

必要がある能力です。

 

どんな天才でも、受験勉強という

ものは、相当の忍耐と努力を注ぐ

ことが必要です。そのこと自体

得難い能力です。

 

それが身についているという

証明として「学歴」という

ものがあるのだと考えています。

 

学歴は過去の栄光かもしれない。

磨かなければ錆びていくのは

間違いない。

しかしそれは、学歴がある

なしの問題ではない。

 

社会人になってからもたゆまぬ

努力を重ね、学び続けることが

できているかどうかにかかって

いるのではないか?でなければ

朽ちていくだけです。

 

学歴があるということは、

学び続ける習慣が多少

ついている人であることは

間違いがないことです。