採用活動の掟 第三条「何も起こらないことに耐える」


人材採用は企業・組織内の

他の仕事とは違う論理で

動く必要があります。

 

そのことに関する連載を通じて

人材採用のあるべき姿、守るべき

「掟」を描きます。

 

第三条

「何も起こらないことに耐える」

です。

 

仕事をしているフリ

 

求人を出したのに応募がない。

応募はあっても、書類選考して

面接しようとしたら、当日に

ドタキャンされる。

内定を出しても辞退される。

いつまでたっても採用できない。

結果が出ない。

 

このような状況が続けば、採用担当は

「何も仕事をしていない」と言われる

ことをおそれて「何か」してしまう。

 

応募を増やすために、応募にあたって

履歴書を不要にしてしまったり。

面接をドタキャンされないように、

候補者に言われるままに土日や

平日遅くの時間指定を受け入れる。

内定を出した人を「説得」しようと

ごり押しする。

 

とにかく応募があり、書類選考ができ、

面接をたくさん行い、内定を出して

入社条件交渉をしている。この状況の

どれかがあれば、採用担当としての

「仕事」をしているという風に

周囲に認識してもらえるだろう。

そう考えてのことだろうが・・・

 

愚の骨頂である。

 

これらの状況のいずれかによって

仕事をしているように見せられる

のなら、お金を出して「サクラ」

でも雇うほうがまだマシである。

 

ただ応募を集めたいだけの求人を

出すことはお金のムダでしかない。

書類選考や面接、入社条件交渉を

している時間にも給料が支払われて

いるが、何の成果も生み出すことが

ないとわかっていながら給料を

受け取れば、それは「給料泥棒」と

言われても仕方がないだろう。

 

「サクラ」を雇うことで、ニセの

応募とニセの面接をすることと

大差ない罪を犯しているのと同じだ。

 

採用担当として仕事をするという

こと、つまり求められている

「成果」とは何なのか?

企業や組織によってそれは

違うだろうが、それはたくさんの

応募を集めることでも、多くの

面接をすることでもない。

 

採用活動の結果、優秀な人材を

採用することができ、企業や

組織の活動に貢献することの

はずである。

 

結果を出そうとしてもがいている

人に対して「何もしていないように

見える」というだけの理由でお咎めを

するような組織なら、そのほうが

間違っている。

 

その時にする「何か」は、

その組織を去ることである。