誰にでもある本当に大切な「働くこと」 Vol.29「共通の言葉」


同じ日本語を話していてもまったく

話がかみ合わない人がいる。

多くの場合それは、言語は同じでも、

想いと方向が異なっているからだ。

つまり、見ているものが違うのだ。

 

一緒に働く人は、バックボーンなど

さまざまな面で違っていたとしても、

その違いを超えたところで

「共通の方向性と想い」を持っている

人たちであるほうが良い。日々の業務は

スムーズに運ぶだろう。

 

話がかみ合わないのは、どちらのレベルが

上か下か、専門的な知識があるかないか、

経験が浅いか深いか、などのことで起こる

ことは少ない。

 

長年の経験に裏打ちされた深い見識や

学術的に専門知識を持っている人が、

そうでない人に理解してもらおうと思えば、

自然と、理解できる共通の言葉を探して

話をしようとするだろう。

 

その時に必要となるのは、違う意見を持ち、

違う方向を向いている相手に対する配慮と

尊重である。これこそが、様々な違いを

超えるために欠かすことのできない

ツールである。

 

しかし最近は、このようなこととは

若干違う方向に世の中が動いているように

思われる。どういうことかというと、想いと

方向性が違っているたちを排除し、そこまでは

しないとしても蚊帳の外に置いたうえでことを

進めようとする傾向が強いことだ。

 

その背景には、自分たちの考え方や方向性が

正しく、自分たちと行動を共にすることが

できない人たちは間違っている、という

前提があるように思う。

 

自分たちと違う考えや意見を持つ人を

「わかっていない」「見えていない」と

一方的に決めつけ、そんな人たちの話は

「聞くに値しないたわごと」「聞くだけ無駄」

と相手にしない。そんな態度につながりかね

ないと危惧を抱く。

 

もし同じ意見を持たない人を、同じ方向を

向いていない人を、排除あるいは無視して

進もうとするなら、2014年の

衆議院選挙で、安倍首相が掲げた

「景気回復、この道しかない。」

というスローガンとおなじ危険がある

 

それは「独善的だ」ということだ。

意見の違いを認めず、排除することで

ことを運ぼうとする態度が透けて見える

このスローガンは多くの人が批判したし、

中には「まるでヒトラーだ」という声さえ

あった。

 

自分たちの行く道が正しいということの

どこに保証があるのだろう?

それを信じて疑わず、違う意見には聞く耳を

持たないとすれば、そこには危険な独善性が

あるように思う。

 

全員が同じ方向を向いていくことの

危険性は大きい。間違っていた時に

全滅してしまうからである。