働きたくなる職場とは Vol.1「納得感のある評価」


結論から言うと、どんなに緻密な

人事評価システムを採用しても、

納得感のある評価をするのは

ほとんど不可能である。

 

「ほとんど」という留保がつくのは、

人が人を評価するシステムを採用

している限りは、という意味に

おいてである。それ以外の方法が発見

できたなら、あるいは可能かもしれない。

 

コンピテンシー評価、360度評価、

能力評価、情意評価などいろいろな

評価法があるが、それらは、できるかぎり

客観的であろうとする懸命の努力であろう。

 

だが、方法がどんなに客観的であっても

それを使う人そのものが客観的ではない

以上、根本的な欠陥を持つ。

 

人は感情を持つ動物であるから、好き嫌い、

同情、えこひいきなどの要素が入り込む

ことを避けるようとするのは現実的ではない。

この一点だけでも、人が人を公正に客観的に

評価することなど不可能である十分な理由に

なりえるだろう。

 

それに加えて

 

「出身地が同じだから」

「同じ高校や大学の出身だから」

「同期入社だから」

「昔一緒の部署にいたから」

「昔お世話になったから」

「社長や役員の息子、娘だから」

 

そういう同朋意識や過去のしがらみなどが

人間関係にはつきものだ。それらを排して

客観的な評価をすることも不可能だろう。

 

納得感のある評価がなされることが

完全に担保される職場を望むような

「めでたい」人はいないだろうが、

感情や人間関係のしがらみで評価が

大きく左右される職場では働きたくない

と考えるのは自然なことだ。

 

「どうしてあいつのほうが評価されるんだ」

「自分のほうが優秀なのに」

「上司はどこを見ているんだ」

 

このような感情はどんな組織にも渦巻き、

派閥を生み、それが人事抗争に発展し、

足の引っ張り合いで組織が瓦解していく。

組織は商品が売れなくなって売り上げが

落ちてつぶれるのではなく、人によって

つぶされると言われるゆえんだ。

 

客観的で、だれからも文句の出ない

人事評価システムを実現することは

不可能だと誰もがわかっている。

それでも、なんとかして努力して

いかないと、努力しているという

事実を示すことだけでもしないと、

人の問題で組織が崩壊してしまう。

そんな危機感こそが「不可能なこと」に

挑み続けざるを得ない状況を生んでいる。

 

組織つまり人事部は、まるで、泳ぎ続けないと

死んでしまうマグロのような宿命を持つ、決して

終わることのない、だれかから必ず痛烈に

批判され、罵声を浴びせられる仕事に取り組み

続けなければならない。

 

もし解決できる方法があるとすれば、

人が人を評価するのではない方法、

たとえば、「自分で自分を」

「あらかじめ自分の意志で決めて宣言した

基準によって」「自分で評価する方法」

ぐらいではないか。

 

それも、だれに強制されることもなく

自分から言い出した「たった一つの」

目標を達成できたら100点、もし

できなかったら0点にする方法くらい

だろうと考える。

 

複雑な項目がたくさん並び、どこの誰が

どうやって設計したのかもわからない

評価システムで、何の基準によって

なされたのかもわからない評価を下す。

 

たとえ欠陥があったとしても、

煙にまかれ、ごまかされているような

複雑な方法よるも、シンプルでわかりやすい

方法を追い求めるべきではないだろうか。